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大阪地方裁判所 昭和45年(行ウ)87号 判決 1974年5月28日

原告

ヤマト産業株式会社

右代表者

奥井清一

右訴訟代理人

林弘

岡原宏彰

被告

生野税務署長

安藤敏郎

右指定代理人

陶山博生

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1の事実(本件更正処分の経過等)は当事者間に争いがない。

二被告の主張2中、原告の本係争年分の所得金額につき、申告所得金額三六、六〇七、九一一円に減価償却費超過額八六一、〇〇〇円が加算されなければならないことおよび同2(二)(1)の事実は当事者間に争いがない。

三そうすると本件の争点は、原告が本件契約にもとづき支出した金三五、〇〇〇、〇〇〇円が、東海真空に対する寄付金か否かという点に帰することになるので、以下この点を検討する。

1  <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

東海真空の前身である精巧科学機械株式会社は、その代表取締役島田新之助らの有する特許を使用し、主として凍結真空乾燥機等を製造し、これを医薬品メーカー等に販売していたが、同社が倒産したため、同社の取引先等の要望により、国内卸売業および輸出入業を営む菱三商事が同社を再建することとなり、その方法として昭和三七年一二月二五日東海真空が創立され、菱三商事は同社の発行済株式総数一〇、〇〇〇株のうち七、〇〇〇株を取得し、代表取締役等の役員を派遺してその経営を支配するとともに販売総代理店契約を結び、東海真空の製品をすべて菱三商事を通して販売することとした。しかし、東海真空は所期の目的どおりの業績が得られず、毎期赤字決算を続けたので、菱三商事は業務提携その他の方法により、東海真空の経営面の助力が得られるようなメーカーをさがしていたところ、熔断器等のメーカーである原告がこれに応ずることになり、昭和四三年六月六日、原告と東海真空との間において、「原告は、東海真空より昭和四三年六月一日を以つて東海真空の所有する営業権利(製造及び販売に関する権利)一切の譲渡を受け、その対価を金三五、〇〇〇、〇〇〇円とする。」旨の本件契約が締結された。そして、これに附随して、原告、菱三商事および東海真空の三者間で各種利害関係の調整を図るための話し合いが行なわれた結果、業務協定書および覚書が作成され、次のような合意がなされ、この合意はそのとおり実行された。

(イ)  原告は、菱三商事から同社が所有する東海真空の株式七、〇〇〇株のうち四、〇〇〇株および菱三商事が竹内鉄次郎から取得した東海真空の株式三、〇〇〇株をいずれも額面額で譲り受け、東海真空の役員を改選して取締役二名、監査役一名を原告から派遺するとともに、原告代表者が東海真空の代表取締役に就任することにより、昭和四三年六月一日から原告が東海真空を運営する。

(ロ)  従来東海真空の経営を支配していた菱三商事が右のとおり原告に東海真空の株式を譲渡し、かつ出向者の出向を解く条件として、原告は、菱三商事が東海真空に対して有していた貸付金の早期、確実な回収に協力するため、本件契約において原告から東海真空に支払われるべき金三五、〇〇〇、〇〇〇円を右貸付金の内入金として直接菱三商事に手交し、また短期貸付金の一部については東海真空の支払手形を原告が保証することとし、また菱三商事の東海真空に対する販売総代理権の存在を認める。

2  ところで原告は、本件契約により東海真空からそののれんを譲受けたと主張するので、本件契約に果してそのような実体があるのかどうかを検討する。

(一)  のれん又は営業権とは、一種の無形固定資産であり、当該企業を構成する特有の名声、信用、得意先関係、仕入先関係、営業上の秘訣、経営組織等が、当該企業のもとで有機的に結合された結果、超過収益力を生ずることができるに至る場合、その企業を構成する物又は権利とは別個独立の財産的価値として評価を受くべき事実関係をいい、これは、既設の企業の活動中に輸出されるばかりでなく、他企業を買収することによつても得ることができる。そしてその貸借対照表能力については、商法では、のれんは有償取得または合併による取得の場合に限り貸借対照表能力が認められ(同法二八五条の七)、企業会計原則では、無形固定資産は、有償取得の場合に限り、その対価をもつて取得価額とされており(企業会計原則貸借対照表原則の五)、通常その譲渡は、包括的一体としての企業の全部又は一部の譲渡(営業譲渡、合併、現物出資、財産引受)とともになされ、現実に支払われた対価が純資産額を超える場合、その超過額がのれん又は営業権の価額となると理解されている。法人税法において減価償却資産中の無形固定資産として掲げられている営業権(同法施行令一三条八号リ)の意義、評価についても、同法二二条四項に収益、損金の計算につき「公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算される」と規定されている趣旨にしたがい、右商法および企業会計原則の場合と同様に解すべきである。

(二)  このような観点から本件契約の実体を見ると前記業務協定書および覚書によつて合意された内容ならびにこれがそのとおり実行された事実に照すと、本件契約の目的は、東海真空の存続を認め、従来同社のいわゆる親会社であつた菱三商事に代つて原告が東海真空の経営を支配することにあり、典型的意味での営業の全部譲渡又は合併が行なわれたのではないことが明らかである。しかしながら、他の企業の存続を認めてこれを支配する場合においても、営業の一部譲渡としてその企業の重要な一部を自己の企業内に吸収することはありうることであり、本件においては、このような意味で東海真空から原告に営業の一部譲渡がなされこれに併いのれん又は営業権の譲渡がなされたかどうかが問題となる。原告はこの点に関し、原告は本件契約により、東海真空の得意先を譲受けることにより営業の一部を譲受け、また同社に対して製造に関する必要な指示をすること、同社の有する特許権ならびにノウ・ハウを利用して超低温機器を製造すること、およびその製品について、同社の企業名声を享受することができるのであり、このような財産的価値は商法二八五条の七にいうのれんと解すべきであると主張する。

(1) 得意先の譲渡について

本来得意先の譲渡とは、譲渡した企業においてはその商品の販売先を失う一方、譲渡を受けた企業においては自己の商品の販売先として譲渡企業の旧販売先を得る場合をいうものと解すべきところ、<証拠>を総合すると、従来東海真空はその全製品を販売代理店である菱三商事を通して製薬会社等に販売していたのを、本件契約締結後は、その全製品を原告に販売し、原告は、東海真空の従来の販売先については、菱三商事を通して販売して中間マージンを得ることになつたが、実際の取引は、菱三商事のセールス担当者と東海真空の技術者とが従前の得意先に赴き注文を受けるという従来の受注方法には全く変りがなく、ただ経理上は、伝票、契約書等を原告を通す処理を行なうようにしたにすぎないから、東海真空としては、その販売経由先を変更したのみで、従来の得意先を失つたわけではないうえ、原告が東海真空の製品と競合する製品を直接製造販売することによつて、東海真空の得意先に対する従来の取引を減少させた事実はないことが明らかである。

以上によれば、本件契約により得意先の譲渡にもとづく営業の一部譲渡があつたとする原告の主張は失当である。

(2) ノウ・ハウ等の導入について

(イ) のれん又は営業権とは前記のように企業を構成する物又は権利とは別個独立の財産的価値として評価を受くべき事実関係をいうから、特許権ないし、その専用又は通常実施権はこれに含まれない。しかし法人税法上、特許権は営業権とは別個の減価償却資産であり(同法施行令一三条八号ホ)、また、その専用又は通常実施権を取得するに際し権利金が支払われた場合には、特許権に準じて、その償却が問題になりうるから、本件契約により、原告が東海真空から特許権ないしその専用又は通常実施権を取得したのかどうかが検討されなければならない。

<証拠>を総合すると、東海真空が実施していた島田新之助、佐藤茂正らの特許権は、本件契約後も同人らがこれを保有し、その専用実施権は同社の代表取締役に賦与され、同社がその使用料を支払つて、従前どおり凍結真空乾燥機等を製造していること、また原告が右特許権を実施して新製品を製造した事実はないことが認められるから、本件契約により原告が東海真空から、特許権ないしその専用又は通常実施権を取得しなかつたと認めるのが相当である。

(ロ) またノウ・ハウの意義については、必ずしも確定的に定義づけられているとはいえないが、所得税法一六一条七号イは、国内源泉所得として「工業所得権その他の技術に関する権利、特別の技術による生産方式若しくはこれらに準ずるものの使用料又はその譲渡による対価」と規定しているところ、このうち「特別の技術による生産方式若しくはこれに準ずるもの」がノウ・ハウに当ると解されるので本件においてもこれと同義に理解すべきである。

ところで原告は、ノウ・ハウをのれん又は営業権の内容に含ましめて、営業権として償却すること(法人税施行令一三条八号リ、四八条一項五号)を主張するようであるが、ノウ・ハウの譲渡契約(これとともに特許権・実用新案権を取得したものでないとき)に際して支出される一時金または頭金は、商法上はのれんとして処理しうるが、法人税法上は無形固定資産とは別個の繰延資産に該当すると解される(同法二条二五号、同法施行令一四条九号八、なお法人税基本通達八―一―四参照)。いずれにしてもその償却が問題となるので、原告が主張するように、本件契約により原告が東海真空からノウ・ハウを導入したのかどうかが検討されなければならない。

前示認定のとおり、東海真空は、島田新之助らの特許権を中心に凍結真空乾燥機等を製造していたのであるから、東海真空の保有するノウ・ハウもこれらの特許権の実施に関連するものであると解せられるところ、原告が特許権の実施権を取得していないことは前示のとおりであるし、仮に特許権の実施と関連しないノウ・ハウが存在したとしても、<証拠>によれば、原告が本件契約締結後その提供を受けて新製品を製造した事実がないことが明らかである。また技術的ノウ・ハウが供与される場合には、その内容、範囲、供与の期間、方法等について何らかの定めがなされるのが通常であると考えられるところ、<証拠>によれば、本件契約においてこのような点について何らの定めもなされていない。以上の事実を勘案すると、本件契約によつて、東海真空から原告に対し ノウ・ハウの供与はなされなかつたと認めるのが相当である。

(ハ) 又、右(イ)、(ロ)で検討したところによれば,原告が東海真空の技術を使用して製造した製品についての同社の企業名声の享受がのれんに当るとする主張は、原告が新製品を製造した事実がない以上、その前提を欠くといわなければならない。

(3) なお原告は、東海真空に対する製品製造の指示をもつて、のれんに当ると主張するようであるが、前述ののれんの意義、内容からすれば、このような事実はのれんに当らず、企業の経営支配の一態様と解すべきである。

3  そうすると以上の検討から明らかにされた事実、即ち、本件契約の文言にもかかわらず、原告が、本件契約により、東海真空から、のれん若しくは営業権又はその他の無形固定資産若しくは繰延資産に該当するようなものを譲受けなかつたこと、および本件契約の目的が原告において菱三商事に代り東海真空の経営を支配することにあり、前記1、(イ)、(ロ)の合意の内容がそのとおり実行されていることのほか、本件契約における金三五、〇〇〇、〇〇〇円の金額が、東海真空の同額の赤字を解消して、同社の株式の価値を回復させて買取るために算出された事情があること(この事実は<証拠>によつて認めることができる)等を考慮すると、原告が本件契約により支出した金三五、〇〇〇、〇〇〇円は、原告が東海真空の経営を支配するため、同社の同額の赤字を補填する目的で贈与された寄付金であると認めるのが相当である。

4  原告の東海真空に対する本件寄付金三五、〇〇〇、〇〇〇円のうち損金不算入額は、法人税法三七条二項により計算すると別表二のとおり金三四、〇五五、二二八円となる(別表二、番号③、⑧の各金額は原告において明らかに争わない。)

5  なお原告は、国において、本件金三五、〇〇〇、〇〇〇円に関し、東海真空に対してはこれを営業権譲渡益として利益を算出して法人税を徴収し、他方原告に対しては、営業権の譲渡がないものとして法人税を徴収しようとするのは、同一の事実を一方において肯定し他方において否定して二重に法人税を徴収することになると主張する。しかしながら既に検討したように、右金三五、〇〇〇、〇〇〇円は、原告から東海真空に対する贈与と解されるのであり、東海真空としては、計上項目が営業権譲渡益から受贈益に変るにすぎず、いずれにしても課税標準に全く影響がない。したがつて原告の右主張は失当である。

四以上によれば、原告の本係争年度分法人税の所得金額は、別表一のとおり合計金七一、五二四、一三九円となり、同額の所得金額があるとしてなされた本件更正処分に違法がないから、これあることを前提とする原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(下出義明 藤井正雄 石井彦寿)

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